2007 年 10 月 29 日
KY
「KY」とは、若者を中心に流行っている「空気読めない」という意味の略語である。その場の大勢の意見や場の雰囲気とは違ったニュアンスの発言をして、他の人の意識に水をさしてしまった発言などに「場の空気が読めない人だね」、という意味で「KY」というのである。他にも「HY」(雰囲気読めない)などもあり、若者の間では日本語の頭文字をローマ字に置き換えたさまざまな言葉が増殖中だという。「PK」(パンツが食い込んじゃった)などとなれば、もう言葉の遊びのようなものだ。
このような略語をつかう意識はどのようなものか。
同じ「KY」でも、工場や工事現場、技術系の職場ではもう何十年も前から「KY」は「危険予知」である。これは安全の概念を徹底するために印象付ける意味で、日本語をあえて略語にしたものであろう。前に「TBM」(ツール・ボックス・ミーティング)を付けて、「TBM-KY」などとつかう。
しかし、最近のこの手の略語は印象に残すためではない。かえって意味をはっきりさせない、印象に残さない効果を無意識につかっているように思われる。多少茶化す意味で、半分ふざけてつかわれるようだ。
事実、私もそうだ。電車内で携帯電話で通話している人、自分の出したごみをそのまま残していく人、その他、社会でマナーの悪い人を見ると腹が立つ。しかし、いちいち注意をすることもできない。現実はどうしようもない。「まったくもう、MW!」(マナー悪い)などと心の中でつぶやきながら怒りを流す。
しかし、本当の勇気とは、やはり注意することにある。「MW」で片付けてはいけないのだ。「KY」もそうだ。「空気読めない」と片付けてしまうのではなく、どうしてそういう発言をしたのか、時にはその人の立場になって考えてあげることも必要ではないか。一言で片付けることで、「いや、そんな気持ちで言ったのではなく実は‥‥‥」といった相手の言い分が省かれ、より深いコミュニケーションが欠落していく。
言葉は人の精神を表すものだ。意味が伝わればよい、ということでは決してない。そのつかい方で、人の心が荒廃していくことがないようにしたい。
代表
関根健夫( 昭和30年生 )