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ブログ

2008 年 5 月 23 日

死の教科書

 最近読んだ本のタイトルである。久しぶりに他人に勧めたい本に出会った。お気に入りの本は他人に知らせず、自分だけが知っていることにしたい気もあるが、そんな意地悪なことはしてはいけない。

 本書は、もちろん自殺の指南書ではない。サブタイトルには「何故、人を殺してはいけないのか」とある。人の死をさまざまな観点から、事実ベースでとらえることにより、人が死ぬということについて考えさせる内容である。もともとは産経新聞の特集記事だったものに加筆したものだという。扶桑社から新書版で発行されている。監修、執筆は産経新聞大阪支局である。

 人の死についての論調は、どうしても執筆者の主観、倫理観が入りがちだ、しかしこの作品では、あくまでも事実のみを丹念に取材した様子が感じられ、登場するそれぞれの方の立場から、死をどのように受け止めたか、が書かれている。人の死を扱いながら、ずっしり重い感じではなく、むしろ透明感すら感じさせる。

 いや、本書は死を受け止めている人の話ばかりではない。身内を亡くしても、なおその死を受け止められない人の思いにも冷静なリポートがなされている。尼崎のJR西日本の事故で大学生の娘さんを亡くされた父親の取材では、いまだに死を受け止め切れていない実態が生々しく、私も目頭を熱くし読み進むのに時間を要した。
 さらに、小学生が死を正しく受け止められていない事象も、読んでいて看過できない。小学生が学校に巣作った鳥を殺し、先生に叱られても、真顔で、また生まれ変われば良いと言った事象などは、心が寒くなった。今のこどもは人や動物の死の本当の姿を見たことがないのだ。
 葬儀のあり方などのレポートからも、現代人の弱さの根源が感じられる。葬儀の簡素化は、故人との対話の機会を失い、死を真剣に考えることを放棄する姿に写る。

 人間が人間としてどのように生きるかを考えることは、どのように死ぬかを考えることである。いつかは誰もが死を迎える。自然の唯一の摂理といってもよいこの事実をとおしてのみ、人は今を大切にできる。
 その原点を嫌味なく再確認させてくれる優れた一冊である。

代表

関根健夫( 昭和30年生 )