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2008 年 8 月 1 日

お言葉でございますが - 「ご苦労様」

 役所に出向き、手続きや問い合わせを終えると、職員から「ご苦労様でした」と挨拶されることがある。この言葉がよく問題になる。「ご苦労様」は目上の人から下の人に言う言葉であって、役所のお上意識を感じるのでやめたほうが良い、という議論である。
 このあいさつが、果たして適切なのか否か、公務員の方々からもよく質問を受ける。上司と部下とで認識が違うケースも少なくないようだ。

 「ご苦労様」という言葉は、もともとはどのようにつかわれていたのだろうか。一般的に言葉の語源や発祥は、必ずしも明確でないことが多い。NHKの研究機関によると、この言葉は江戸時代から、労をねぎらう意味でつかわれたようだ。私のイメージとしても、お稽古事が終わった時などに、師弟関係においてつかわれるとしっくりくる気がする。
 そもそも、労をねぎらうという行為は、目上の人から下の人へというイメージが強い。職場の上司が部下の労をねぎらうというのはイメージ的にも納得できるが、部下が上司の労をねぎらうというのはしっくりしない。では、同僚同士ならどうか。お互いにねぎらうのは、それほど不自然な感じはしない。
 この考え方で判断すると、役所の職員と手続きに来た市民の関係を、どのようにイメージするかではないだろうか。市民を下位または同じ位置にイメージすると,ねぎらいの言葉として「ご苦労様」は自然な気がする。市民を上位にイメージすると「ご苦労様」は少し不自然だ。少なくとも民間では、お客さまに対しての「ご苦労様」は成立しにくい。
 このところ、役所では市民をお客さまと呼ぶことが一般的になってきた。お客さまをイメージ的に上位に置くとことで職員の意識、役所のスタンスを変えようとしているわけだ。そういう風潮を考えると、役所でつかわれてきた「ご苦労様」は、社会的な意識の中で整合しなくなってきたといえるかもしれない。

 では、どのような言葉が適当なのか。最近では、「ご苦労様」は目上の人から下の人へ、「お疲れ様」は下の人から目上の人へ、「失礼します」は誰でもつかえる、と固定的に考える人が多いようだ。そういうニュアンスが、社会的傾向としてあることを否定はしない。しかし、私も部下より早く退社する際に「失礼します!」と声をかけられ、違和感を感じたことがある。これも万能とはいいにくい。部下からの「ご苦労様」は経験がないが、言われたら多分ムッとくるだろう。

 どのような言葉のつかい方をしても、違和感をもつ人はいるはずだ。だから、必ずしも固定的に考えなくてもよいのではないだろうか。相手方が違和感をもたない範囲で、いろいろな言葉があってよいのだ。
 例えば「本日は手続きのために、わざわざご足労くださいまして、ありがとうございました。」などという「ありがとう」も、役所の窓口で成立するのではないか。でもこの「ありがとう」だって万能ではないと思う。気持ちよく受け取ってくれる人もいるだろうし、自分の用事のために来たのだからお礼など余計なお世話だ、と思う人もいるだろう。

 話し言葉は、情況言語である。その適否は、情況によって変わるものだ。相手やお互いの立場、目的によっても変わるし、言い方によっても変わる。目も合わせずに言う「ご苦労様!」と大いにへりくだって、発音に謙虚さがにじみ出ている「この度は、大変にご苦労様でございました。」では印象が違う。
 私は、緩やかな傾向として、時代がねぎらいの「ご苦労様」から、感謝の「ありがとうございます」にシフトしつつあると思う。
 しかし、「ご苦労様」が決して悪いとは思わない。より大切なことは、その場面において相手方の気持ちを十分に思いやること。固定的に考えるより、心のこもったあいさつを、その場で工夫することだ。


代表

関根健夫( 昭和30年生 )