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2010 年 10 月 6 日

日本万国博覧会 その2 - 建築への憧れ

1970年の大阪万博で、15歳の私が憧れたのは建築である。
今も残る太陽の塔、全体が前衛彫刻だ。こんな建築があるのかと感動した。その周りのお祭り広場を覆う大きな屋根、前回にも書いたがその巨大さに目を見張った。その他の各パビリオンの建築も、デザイン的にも、構造的にも、工法的にも、当時では画期的であった。子ども心にすごいと思った。

 たとえば空気を使った建築である。アメリカ館は屋根全体が白いシートである。内側から空気を入れて膨らませ、屋根を空気圧で下から押し上げている。したがって内部の気圧が外よりもやや高い。そのことで広大な空間に柱が一本もない。これは世界で初の試みであった。今は後楽園球場のビッグエッグなどに使われている。
 富士写真グループのパビリオンは、細長い風船のような巨大チューブに空気を入れて、両端を地上にそのチューブがゲート状になるように固定している。これをいくつもつなぎ合わせて巨大な空間を作る工法だ。風の強い日には空気圧をあげることで構造全体が強くなる。空気圧を下げれば構造的には柔軟になるという、構造耐力が自由に変えられるアイディアだ。現在、実際には普及していない。

 パビリオンは、一定期間使ったら壊す前提であるから、プレファブ建築が多いのだが。当時はプレファブという概念や言葉にも斬新な印象があった。さまざまなプレファブ建築が建てられた。
 その中で、圧巻は東芝IHI館であろう。鋼鉄製のテトラ(三角錐)ユニットを、
2000個以上も組み合わせて広大な空間を作る。構造部分は黒色だ。その中心部分に巨大な半球体状のドーム屋根を吊る。それは真っ赤。全体は、まるで怪鳥が羽を広げたようなイメージさえ感じさせる。混沌とした迷いの中で、燃える情熱を抱いて生きている、人間の情念とでもいえるものを感じさせるデザインだ。想像もできないほどのデザインで、プレファブでここまでできるかと思わされた。
 球体の下半分は、その中心に向かって500人以上が座れる客席になっている。1階でその部分に人が座ると、全体を油圧で上げて上のドームと一体化する。その真っ暗な空間で全周12面のマルチスクリーンで、映画を上映するのだ。客席は時には回転し、映像効果を盛り上げる。終われば地下まで下がって、安らぎの空間に人を降ろす。
 これを住宅に応用すれば、1階である部分に乗ったら、そのまま頭上に上がり、そこが一家団欒の空間になっているという、まさに夢の未来建築を想像させるものだった。

 これらのことは、もちろん憧れの域を出なかった。その後もこれらの新工法を専門に学んだわけではない。が、日本万国博が、私が大学の建築学科に進んだきっかけになった。私には、夢の万博だったのである。

代表

関根健夫( 昭和30年生 )