2012 年 3 月 21 日
出版社の仕事とは何か - ブランディングという出版?
ある出版社の関連会社の編集者から手紙をいただいた。当社のHPからこのブログを見て心が動かされた、という意味の内容であった。ご挨拶を、と言うので会ってみた。
ある出版社というのは、ある意味で評価の高いG社である。比較的新しく急成長した、実際にベストセラーを連発している有名な会社だ。この関連会社は当該出版社の直系の企業で、文芸書やビジネス書の編集を手がけているという。
社員は会うなり、これはブランディングを上げるための提案であると強調した。
つまり、G社から本を出せば、あなたの世間的な価値が上がりますよ、というわけだ。書店に平積みされます、教育研修の場で配布すれば実際に書店で売っているものをもらえるので受講者も喜びます、条件によっては全国200紙に及ぶ新聞への宣伝もやってあげます、とにかくG社から本を出すことであなたのブランド力が上がりますよ、というわけだ。
しかも、あなたが書く必要はありません、10~20時間ほどのインタビューに答えてもらえれば当社のライターがすべて書きます、出版社からの依頼で執筆すると意に沿わない枠にはめられることになりますが、その点この方法ならあなたの思うような本が出せます、とも強調した。
私は、本は買って読むものだと思うし、私は今まで30冊以上の本を出したが、編集者によって意に沿わないことをさせられたという思いはない。すべての著作は、一部編集者に執筆を依頼した部分もあるが、ほぼ自分で書いており、ライターが書きますとは心外だ。それに乗るような著者がいるとすれば、それなりの人でしかない。
さらに、この人も、あの人もと、実際に本を出した人たちの実例を引き出した。その中には、元キャビンアテンダントがマナーの講師をしているとか、税理士が自分の立場を上げるために出版したとか、私の気持ちを惹こうと事例をとうとうと述べる。なるほどそういうこともあるかな、とは思う。
このU先生もこんな本を出した。このケースは1000万円をかけている。そんな話も出てきた。ちなみにこのUという先生は、私より年齢が高い人で、それなりの地位のある方である、と、私は思っていた。しかし、そうか人に書いてもらって自費で自分を売り込まねばならない人だったのかと、がっかりした。
自分の考えや体験を書き表し、本にして出したいと思う人は、世間には多くいるだろう。その人たちが自費で出版することは、決して間違ってはいない。それを自分で買い取り、知人に配るのであれば、それもよいことと思う。私もそのうち自伝でも書いてみようと思っている。
書店に自分の本が並ぶことは、それはそれで嬉しいものだ。私も人生で一度は、と思ったが、すでに何冊もの本を書かせていただき、書店に並んだからそれはよく分かる。
反面、実際に本を手に取り購入する人たちはどう考えるだろうか。まずは、少なくとも著者は自分で書いていると思うだろう。一時、タレントの書く本はゴーストライターの書いたものが多いとの噂が広まったが、それはある意味でタレントだからというあきらめがあったように思う。
有名な出版社であるG社から本を出せば、G社が依頼した人なのだから価値のある人だろうと思うだろう。少なくともそのネームバリューをもって信頼を担保できるのが有名出版社としての責任ではないのか。
しかし、今回はそのネームバリューをもって、この編集者は私に声をかけてきたわけだ。著者が書いていない、しかも出版の目的が個人のブランディング、つまり宣伝のようなものとすると、実際に買って読む読者の判断をミスリードすることにはならないか。
そもそも出版社の使命とは何なのだろうか。世に知らしめたい思想、人の生き様、さまざまな社会事象を、自らの責任において日常から拾い出し、著者との協力をもって出版というかたちで世に問うていく、そういう仕事ではないのか。
今回のG社の私へのアプローチは、まざまざと現代社会の闇とでもいうべき側面を見せ付けられた気がした。私にとってG社への不審感は極まった。この出版社の書店に並ぶ本のうち、いったいどのくらいが著者の売名のためのツールなのか、編集者の思いと魂によって編さんされたものがどのくらいあるのか。
また、研修を通じて人を教育しようとする人々の中に、この企画に乗る人がいる現実。1000万円をかけて本を出し、宣伝を行い、研修の場で無料で配布する、このU氏はそれ以上の収入を狙っているのであろう。
私も家族を持ち、この仕事を生業にしている以上、教育が無償ボランティアではありえない。しかし、少なくとも教育というからには、事業であることだけを追及してはならないと思う。私も出版社に、出版をお願いすることは多い。しかし、それは主義主張を目的としていることであり、売名を目的として多額の現金を出して出版をお願いしたことはないし、私の出した本はすべて俗にいう印税という報酬をいただいて出させてもらっている。
世の中に、俗にいうところの売れている、ブランド力のある講師がいる。テレビなどに出る人もいる。もし、そういう人が当たり前にこのようなことをしているのが今の社会であるなら、研修は業であってもよいが、教育は業であってはならないと思う私にとっては複雑な思いだ。引退も近いのかもしれない。
代表
関根健夫( 昭和30年生 )