TOP 1つ戻る

ブログ

2012 年 9 月 27 日

竹鶴政孝氏 その2 - 竹鶴酒造見学

 竹鶴政孝氏にロマンを感じるもう一つのことは、彼の結婚である。
 大正9年、彼はグラスゴー留学中に、ジェシー・ロバータ・カウン(愛称リタ)と知り合い結婚する。リタは名士の長女。両親の大反対に合い、結婚式はなく、役所で籍を入れただけのものだったようだ。同年、竹鶴氏はリタと帰国。時代が時代である。国際結婚に竹鶴の実家も大反対。結局、分家するかたちで決着。つまり、勘当同然だったようだ。
 そんな時代に外国の女性と結婚する。今の私にも憧れがある。いや、外国の女性に憧れているのではない。大恋愛にである。誤解なきように。愛はロマンである。

 そうなると、竹鶴氏の実家、竹鶴酒造も気になる。どのような家で、どのようなお酒を造る酒造メーカーなのか。そのことを知りたいと思った。竹鶴酒造には、やがて、いつかは、きっと、行ってみたいと思っていた。そのことからも、竹鶴政孝氏の夢とロマンを感じることができるのではないか。

 昨年、広島県で行われた研修の途中、息抜きにその話をした。すると、休み時間に一人の青年Sさんが訪ねてくれた。彼は、今の竹鶴酒造の13代目の当主の子息と学生時代に同級で友人だという。ということは、その友人は14代目になる人である。
「ご紹介しましょうか」と言ってくださった。「よろしいんですか」と私。大喜びである。以上の経緯で、今年の6月に広島県へ行き、Sさんに竹鶴酒造に連れて行ってもらった。
 私は竹原市というところに初めて行った。竹鶴政孝の故郷であることしか知識はなかった。いやいや、どうしてどうして、古い町並みを保存する地区がある、すばらしいところである。観光に行くにも、岡山県倉敷市、岐阜県高山市にも引けを取らないほどではないかと思った。

 竹鶴酒造は古い町並みの中ほどにあり、今でも造り酒蔵として営業している。紹介していただいた竹鶴専務は39歳、次期第14代当主になる方である。竹鶴政孝氏と同じ大阪大学で醸造学を学び、実家で酒造経営をされている。
 酒造りの現場を1時間もかけて見せていただければ、それはもう大変なことと思って訪問したわけだが、酒造りのことはもちろん、世間のことまでもご自身の見解を熱く語っていただいた。最後には、現当主であるお父様も出てこられて、お酒の試飲もさせていただき、予想外の3時間の訪問になった。

 竹鶴酒造では、お酒はすべて昔ながらの手作りをされており、OEMもせずにすべては自社で醸造し自社ブランドで販売しているという。何処の酒蔵でも、お酒はいろいろなランクがあるが、ここも庶民的な価格のものから、1本2万円近いものまで、様々な特色あるラインナップだ。
 ここでの3時間にもおよぶ竹鶴専務の話の中で、お酒が嫌いではない私は、様々なことを学ぶことができた。その中からここで、2つのことを紹介する。

 第一は、私の「それだけいいお酒であれば、お燗をしてはもったいないでしょう」という発言に対するコメントである。私は、良い酒、値段の高い酒は冷やして飲むべきであり、お燗をすると風味が飛んでしまうのでもったいないというイメージを持っていた。
 そのことについて、竹鶴専務は即座に否定された。むしろ、お酒は冷やして飲むことで風味が分からなくなるという。だから、安い酒ほど冷やすことで抵抗なく飲める、というわけだ。むしろ良い酒ほど人肌にお燗をすることで香りが楽しめるわけで、良い酒は燗をしてもしなくても変わらないというのだ。
 なるほど、一理ある。

 第二には、一般的に私の思うところの良い酒は、決まって無色透明であることだ。それに対して、竹鶴酒造の酒の色はすべて茶色がかっている。なぜか。専務の話によると、本来、日本酒は無色透明ではありえないのだという。米を醸造することで、必ず色は着くのだそうだ。
 では、市販の日本酒は何故無色透明なのか。現在、市販されている日本酒の90%は、それをろ過する過程で色を抜いているのだという。だから無色透明なのだ。その点、竹鶴酒造の日本酒は、すべてのものでろ過はしていない、だからこの色は自然なものだという。
 なるほど、だから茶色がかっているのか。

 竹鶴酒造の見学、しかも専務の直々の案内。3時間にもおよぶ酒談義。それは日本酒を取り巻く日本の、社会の、海外の環境から、自宅での美味しい飲み方まで、様々なことであった。楽しい3時間であった。そして何より、竹鶴政孝氏のルーツを感じる旅であった。そこで私は様々なことを経験し、見学することができた。なによりも、竹鶴政孝氏のルーツを知り、そのロマンをより深く感じることができた。

 偶然とはいえ、竹鶴専務と同級生であった、私を連れて行ってくれたSさんには最大限の感謝である。本当にありがたいことだ。
 この思い出は一生のものである。

代表

関根健夫( 昭和30年生 )