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ブログ

2013 年 3 月 5 日

人生は運だ その6 - 初めての入院

 今回、初めて入院というものを経験した。
 これまで、看護師向けに何度も講演をし、本を5冊出版した。雑誌に投稿もしている。これまでの知識は、すべて取材であり、事実に基づく想像もあり、経験である。ただし、経験といっても、これまでは人を見舞う側でしか病棟の現場を実感してはいないわけだ。
それが、初めて入院患者として看護される立場になって、現場を感じることができたわけだ。自分の話したこと、書いたことが、はたして正しかったのか、現場に沿っていたのか、期せずして学ぶこととなった。これもケガの功名、運がいい。

 まず、感じたことは、看護師もいろいろな人がいるということだ。
 入院したのは、地域で50年ほどの歴史のある、ベッド数が100に満たない個人病院である。地上6階建ての建物は、当時としては斬新、豪華な建築だったのだが、トイレが男女共用であるとか、個室のトイレが和式であるとか、時代と共に古い建築になり、入院患者も多くは高齢者である。
 看護師も新卒やインターンなどという人はいない。看護師長は比較的若いが、以下の看護師にはそれなりのお歳を感じるベテランも多い。仕事ぶりもコミュニケーションも、概して慣れを感じる。
 医療的処置の技術は、慣れた手つきで手際よくしてくれたほうが、こちらも確かに安心である。この辺は、ベテランの看護師のほうがありがたい。

 ところが、コミュニケーションの点では、話し方に慣れを感じると、こちらは不安である。慣れるということは、例えば次のようなことだ。伝達すべきことを独り言のようにつぶやく、こちらとまったく目を合わせないで話す、これが意外に多いことも、なかば驚きだった。
 例えば「点滴が終わったら、連絡してください」とか「体温を測ります」とか、話す内容が毎日どの患者にも同じだからだろう、慣れている。対患者だからこそ、特有の心配りがあってもよいのではと感じるが、このあたりはどの職業にもありがちなことかと思う。初めての利用者に、急いだ説明や簡略化した説明は、不安や不親切な印象を与える。中には、目も合わさずに「検温してください」とだけ言って、少ししたら「どうでした?」、
こちらが「○○度です」と言うと、「そう、いいですね」と記録をつけた看護師もいた。自分で確認しないことは無責任だとも思うが、この人も慣れなのだ。

 私はケガで入院しており、入院時からある程度は退院のめどがついている。しかし、内科の患者をはじめ、症状によってはそうでない人もいるわけだ。入院患者には老人が多い。だから入院している側もある程度慣れている。それはそれで、うまく回っている実態もあるのだろう。
 拙著で書いていることは、ある意味原則論。そのとおりにやらなくても、うまくいっている。そう、原則論は原則論であって、それでなければならないということではない。では、原則の意味は、あらためて考えることにしよう。

 また、実際に患者の世話をするのは看護師とは限らず、ヘルパーさんといわれる人が食事の上げ下げ、その他をしてくれる。病室が生活の場であれば、その環境整備は誰もが心を配ってほしいところなのだが、その役はどうやらヘルパーさんである。その他にも、部屋の清掃、エアコンのフィルター掃除など、それぞれ清掃担当、営繕担当と、どうやら縦割りらしく、あることについては私の担当ではありません、といった意識も感じられた。
 拙著では、看護師に対して室温やカーテンの開閉などに心配りをと書いたが、現場には分業意識を感じたのも発見である。だからといって、ナースが知らぬ振りでよいわけではないが、実際にカーテンを開けてくれた、室温を気にしてくれたのは、ヘルパーさんのほうだった。そのヘルパーさんも「今日の夜勤は私です」などと、あいさつに来てくれる人、そうでない人もいる。

 隣に、右手首を怪我して手術した大学生がいた。右手首なので、右手全体に包帯でぐるぐる巻きの状態だ。食事もご飯はおにぎりにしてある。
 私は左肘の手術であったから、右手は使えるが不便だ。そんな我々に、例えば牛乳パックのストローを挿して置いて行ってくれるヘルパーさんもいれば、そのままの人もいた。ビニールの小さなパックに入ったジャムなどは、片手では開けにくい。
 ある日、夕食にミカンが出た。丸々1個、お盆に載っている。私は何とかなるが、隣の彼は左手しか使えないので、それを剥いて食べることは不可能に近い。結局、残した。そのときの食事を下げに来たヘルパーさんは、「もう食べませんか?」と言い放ってそれを持って行った。

 ナースの方もヘルパーの方も、基本的に心の優しい人ばかりである。明るく、気さくな方が多い。その心をよりよく伝えるためにも、私が原則論を言い続ける必要は、どうやらまだありそうである。

代表

関根健夫( 昭和30年生 )