2013 年 9 月 3 日
一番美味しいものは何ですか その4 - 広島県広島市
広島は、20年以上前から仕事で何度も訪ねている。私はいわゆる定宿をつくらないので、毎回のようにホテルを変える。前回Aホテルなら今回はBホテルというように、少なくとも同じホテルは続けない。
広島全日空ホテル(現、ANAクラウンプラザホテル広島)にも、これまでに何回か宿泊した。高級ホテルであるので、ホテルのレストランは負担が大きい。そこで、夕食は外に出ることが多いのだが、肉好きの私は何回かに1回はこのホテルの1階にある鉄板焼きレストラン「愛宕」を利用した。一番安いコースでもワインなどを飲めばさすがに一人1万円はするので、たまのぜいたくだ。
このレストランは、鉄板焼きカウンターの前にシェフが立って、目の前で肉や魚介類を焼いてくれる。一流ホテルのシェフであるから、へらさばきも見事。それを見るのも楽しみだし、カウンター越しの会話も楽しめる。
あるとき、若手のシェフが私の食事を担当してくれた。よくは覚えていないのだが「お仕事ですか」「どちらからですか」などそんな会話から始まったのだろう。感じのよい人柄だった。ワインを飲むにつれいろいろな話題になり、私は「スノーボードが好きだ」とか「加山雄三さんのファンだ」とか話したようだ。
その食事から半年以上たったあるとき、同全日空ホテルを利用した。チェックインしたのが20時を過ぎ、おなかも空いたので街に出て食事をするのも面倒で、ぜいたくだけれどまあいいかと「愛宕」へ行った。
この時も、私の前に立ったシェフはあの人だった。私にとってはめったに入らない店だから「あ、この前と同じ人だ」と覚えていた。食事が進み、彼は目の前で食材を焼きながら言った。「お客さま、確か半年ほど前に、ご出張でいらっしゃいましたよね」と。
私の風貌はどう見てもサラリーマンふうである。出張客に決まっているだろうから「半年前に来た」というお世辞だと思った。彼は、さらに「確か冬のスポーツ、スノーボードをされるとか言っていましたよね」えっ、本当に覚えているのかな。いや、そんなはずはない。まぐれだと思った。「確か、加山雄三さんのファンとかおっしゃっていましたよね」本当に覚えてくれていたようだ。うれしかった。感激した。このとき、私はこの人の名前がSさんだということを覚えた。
帰りがけに、ウェイトレスに「私、半年ぶりに来たのですが、あの人、私のことを覚えていてくれていたらしいのですよ。驚きました」と、話しかけた。彼女は「あのチーフは、お客さまのことを良く覚えて、多くのお客さまが感激されます」と返した。私は名刺を渡し「よろしくおっしゃってください」と言って店を出た。
さらに、半年後、三たび「愛宕」へ行った。Sさんは、目と目が合った途端に「関根さま、いらっしゃいませ」と名前を呼んでくれた。感激した。一流とはこういうものかと。そのことを手紙に書き、当時の全日空ホテルの支配人宛に投書した。
前置きが長くなったが、このSさんが5年前に独立し、自分の店を持った。鉄板のカウンターが6席、テーブルが4つ、23~24人席の鉄板焼きレストラン、広島市中区幟町にある。「匠」だ。
腕はもちろん一流。会話をしながらの食事では、プロの焼き方の技をいろいろと聞く。つまり焼き方のコツや味付けのコツである。この会話も楽しみの一つだ。ステーキを焼く時のコツ、野菜を焼く時のコツ、ニンニクチップを作るときのコツなども伺った。もちろんプロには及ばないが、家のフライパンでの焼き方にも通じる、料理の楽しみを学んだ。
そんな話を嫌みなく、飾らずに話してくれる、Sさんの人柄が、食事をますます美味しいものにする。
メニューのバリエーションも、適度にバラエティに富んでいる。ステーキの牛肉はもちろん、フォアグラ、イベリコ豚、エビ、イカ、ホタテなどの魚介類、季節の野菜はホウレンソウやハス、大根などの庶民的なものといっても、産地や品質にこだわりの野菜。松茸まで。どれも実においしい。広島の鉄板焼きというとお好み焼きだ。それは出ない。そこが高級店。レベル感が違う。
夏には水ナスのサラダ、夏にも採れるという江田島産の天然牡蠣など、珍しい新鮮な食材を目の前で調理してくれる。
ぜいたくな時間と空間を提供してくれる。今年は、ワイン専門店エノテカでブルゴーニュのワインを買い、持ち込みで味わってきた。出張先で毎日のように外食が続く私のたまのぜいたく、広島出張の楽しみである。
代表
関根健夫( 昭和30年生 )