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ブログ

2013 年 9 月 29 日

ANA ― 空への憧れ

 私は、全国各地への移動に航空機を利用することが多い。今日も関西にいるが、航空機を使って移動してきた。

 例えば大阪なら、品川から新幹線で2時間20分ほどで新大阪に着く。大阪まではJRで5分だ。市内でも地下鉄で10数分だ。航空機では、羽田から伊丹空港まで1時間10分ほどだが、市中から羽田空港、伊丹空港から市中への移動を考えると、必ずしも航空機の時間的優位性は高くない。
 しかし、飛行機にしている。それは、広い空を自由に飛んでみたいという幼少期からの空への憧れによるものかと思う。
 また、かつては航空機での移動は他の手段に比べて値段が高かった。もちろん新幹線や特急列車も、特急料金はそれなりに高額なのだが、それは航空機の比ではなかったように思う。子供心にいつかは乗ってみたいものだと憧れたのである。

 当初は、日本航空に憧れた。仲のいいY君のお父様が、日本航空の社員だったこともあるし、なんといっても発展途上の日本にとって、JALは日本のアイデンティティそのものだった。
 中学のころに、テレビで「アテンション・プリーズ」という番組があり、スチュワーデス(今は、キャビンアテンダント/CAという)にも憧れた。将来の嫁はCAだと本気で思った。どうも男は制服の女性に弱いらしい。うちの妻もOL時代の制服姿がよかった。私だけか、失礼。

 大学生時代に、ラジオで「全日空ミュージックスカイホリデー」という番組があった。滝良子さん(そらまめさん/ニックネーム)という方が、音楽に乗せて身近な話題、各地の話題を提供する番組だ。DJの語り口、選曲、情報提供が親しみやすく、品性を感じるいい番組だった。
 この番組のテーマソングが、当時の全日空のコマーシャルソングでもある「シャイニング・スカイ」だ。私の空へのあこがれはますます掻き立てられた。この歌も私の人生の思い出の1曲である。今でも口ずさむ。
 今の全日空のイメージソング「アナザー・スカイ」も好きだが、歌詞がない。歌詞があったほうが、思い出になりやすい気がする。

「抱えきれない光を抱いて、空は、空は希望の海
 抱えきれない光を抱いて、青い世界へ
 さあさあ、シャイニング・スカイ、見上げれば未来
 シャイニング・スカイ、見つめれば自由
 シャイニング・スカイ、青い空のはて
 シャイニング・スカイ、はばたけ心よ」

 今、私は教育研修の仕事について30年弱。全国のお客さまから講演、研修のご依頼を受け、どこへでも喜んで伺う。利用する航空機はANAだ。何度も乗っていると、微妙なサービスの差に慣れる。他社が悪いわけではないが、機内の雰囲気、コーヒーの味などにも慣れ、CAさんの親しみやすさも感じる。我が家のように、とまでは行かないが、いつもの機内の環境に気持ちがよい。

 また、全日空は総じて社員が気持ちよい応対をする。
 例えば、ボーディングブリッジを操作する技術者でも、感じよく声をかけてくれる。グランドホステス、CAはもちろん、すべての社員が自分の持ち場で、乗客をもてなそうとする気持ちが伝わる。他社もそうなのだが、どことなくぎこちない。義務感、やらされ感がある。これは、マニュアルの差ではなく社風であろうか。
 全日空は、もともとが純粋な民間会社。ライバル社が巨大国策企業だったので、チャレンジ精神が強いのだろうか。前身は、昭和20年代に2機のヘリコプターから始まった日本ヘリコプターである。だから、航空会社名を表すアルファベット表記が「NH」だ。

 かつて、飛行機いっぱいにクジラの絵を描いたマリンジャンボという飛行機が空を飛んだ。子どもたちから募集したデザインを、B-747型機に丸ごとペイントした。こういった企画は、当時、世界で初めてだったという。子どもたちの夢を膨らませた。
 その後に登場したポケモンジェットも、ここ10年以上飛んでいるが、これも同社の定番になった。空港では子どもたちばかりではなく、大人も含めて歓声をよく耳にする。むしろ大人の人が無心に写真を撮っている。これは、まさに憧れである。これからも、次世代に憧れを残してほしいものである。

 空に憧れ、いい大人があの時の歌を口ずさみながらANAに乗る。子どもの頃、学生時代を思い出す。なんと幸せなことか。感謝。

代表

関根健夫( 昭和30年生 )