2014 年 4 月 27 日
今どきの その2 ― 親は子に何を伝えるか
先日、自宅近くの駅前の中華料理店で食事をした。普段、自宅近くの飲食店を利用することはない。
我が家では、原則として家庭で調理し、家族そろって食事をすることが多い。あえて横浜まで中華料理を食べに行ったり、銀座まで洋食やお寿司を食べに行ったりもするが、それは稀なことである。普段から外食を控えるから、たまの贅沢が許されるのだと、勝手に自負している。
この日は、外出先からの帰宅が19時ころになり、家で料理をするにはタイミングが悪いので、家内の労力も考えて、珍しく地元での外食だった。
店内は近所の家族連れ、独身者、学生らしい人もいて、それなりににぎわっていた。
我々の隣の席に、私と同年代くらいの父親と、20歳代後半くらいかと思われる娘、20歳代前半かと思われる弟が座った。どこか派手さを感じない、イメージ的には地味な、堅実そうな親子であった。この人たちも、どこか外出からの帰りのようだった。
私は家族で食事をしていたのであるから、聞き耳を立てて隣の会話を聞いていたのではもちろんないが、この人たちの声が大きいので聞くとはなしに断片的に聞こえてきてしまったのである。どうやら、父親は医療関係の事務職のようであり、息子もその方面への就職を考えているようで、その就職先の内定が出るとか出そうだとかの話らしい。
弟君「どこに入ってもいいけれど、別に偉くなりたくないよ」
娘さん「どうして」
弟君「だって、管理職になると責任がかかるのは嫌だからね」
父親「そうだけど、管理職になって良いこともあるぞ。経費を会社で落とせるから。管 理職になれば、タクシー代だって落とせるし」
娘さん「え、今日のタクシーも、お父さんが払わなくていいの」
父親「うん、まあ」
(どうやら、この家族は、今日、プライベートでタクシーに乗ったようだ)
父親「それは、管理職は何とかなるものだよ」
弟君「なるほど、それもいいか。」
(この後、就職先が北区にあるらしい話になって)
娘さん「赤羽ってどこだっけ?」
弟君「上野のほうじゃない?」
父親「そうだな、王子とかそっちのほうだったかな」
弟君「結構遠いな」
父親「できるだけ近いところに就職したほうがいいぞ。通勤に1時間かかれば、往復2 時間、通勤も労働のうちだからな。その時間は給料にならないし」
弟君「そうか、蒲田あたりのほうがいいか」
父親「それはそうさ。20分くらいで行ければ、1時間の場所よりいいさ。その分、残 業すると収入になるからな」
以上、隣の話を聞くことは本意ではないし、一部始終を正確に聞いていたわけではない。隣の会話が聞こえてしまうことは、こちらとしても迷惑なことである。いや、内容がこちらにも興味があることなら、こちらも「よろしいですか」などと、こちらもその会話に加わるかもしれない。結果として、知り合いになれたりすれば、幸せなひと時を過ごせもするだろう。
しかし、話の内容によっては気になって仕方のない状況もあるわけで、他人ごとながらもう少し、周囲のことも考えろと言いたい気持ちもある。もちろん違法行為というわけではないが、聞くに堪えない内容もある。プライベートな話だからといって、公共の場所では、何を言ってもいいというわけにはいかないだろうことは常識である。
こういったことは、電車など乗り物の車内でもあることだ。私は、新幹線の中で、今日のこの席はハズレだったな、と思うことがある。
家族で何を話し合おうが、それはその人の自由だ。
では、今回はどうか。
これから就職しようとする者への年長者、親としてのアドバイスだ。
「何をもって働き甲斐とするか」「社会人として何をもって人生の指針とするか」今どきの家族間では、そんな話にはならないのだろうか。
年長者の役割は、若年者の言い分を良く聞くこと、否定しないこと、その上できれいごとを言うこと、汚いことや裏話は少しでいいだろう。
いや、この家族は、そんな話もされていたのかもしれない。私が聞き逃しただけだと思いたい。
代表
関根健夫( 昭和30年生 )