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2018 年 5 月 19 日

大洲市に行ってきました - 好きだったT先生の故郷

 ゴールデンウィーク、愛媛県大洲市に行ってきた。四国電力に勤務していた親しい友人のKさんが定年退職されたので、記念の意味を込めて家内と二人で伺うことにし、Kさんご夫妻と会食をするために高松へ旅行をしたのだ。せっかく四国まで行くのだからと、今年の秋から全面改修になる道後温泉本館にも立ち寄りたく松山から四国入りし、さらにものはついでと、大洲まで足を延ばしたのである。ちなみに、道後温泉本館は今年の秋以降に改修工事が行われるようで、工期は6~7年と地元の人から聞いているが真偽は確認していない。

 大洲市は、松山の西、車やJRの特急列車で松山から1時間強に位置する人口4万人ほどの町である。一時、小京都ブームの際に話題になった町の一つである。
 私は、四国電力伊方原子力発電所に数十回も行っており、近年は愛媛県の研修で宇和島にも毎年行くので、大洲はそのたびに列車で通過していた。車窓から肱川の流れやその先にある大洲城の姿を見て、一度は訪れてみたいと思っていた。
 大洲に行きたかった理由はもう1つある。中学2年の担任で、私の好きだった谷川洋先生が大洲の出身だと伺ったことがあり、そんな意味でもこの街の雰囲気を感じたいと思ったのである。

 まずは大洲城。城山の脇を肱川が流れていて、列車から見るととにかく姿がいい。また、城からの市街の眺めも気持ちがよい、開放感あふれた立地である。櫓の一部は江戸時代のものが現存しているのだそうだが、天守は明治時代になって解体され、最近になって市民の寄付により木造で再建されたという。3層の小ぶりな城だが、小早川隆景、藤堂高虎も住まったことがあるそれなりに格式のある城である。トリップアドバイザーの、日本の城人気ランキングでは16位だそうだ。

 旧市街地は、多くの地方都市同様、はっきりいって寂れている。しかし、いわゆるシャッターが閉まったアーケード街が残されているのではない。それなりに広いエリアに、古い建物がかつての商店の面影を残しながら、今は住宅として使われているものが多い。
 赤レンガ館といわれる建物は、明治時代の後期に大洲商業銀行の本店だった建物で、この地域がかつて大いに栄えたであろうことを感じさせる。
 昭和40年代のNHKの朝の連続テレビ小説「おはなはん」の主人公は、明治の中期、大洲に実在した人物だそうだ。撮影も大洲で行われたという。その場所は、おはなはん通りとして今も観光スポットになっている。

 もう1つ、大洲の見どころに臥龍山荘がある。明治30年から40年にかけて建築された、地元の豪商の別荘だという。狭い敷地ながら、肱川の流れを借景にして苔生した庭園があり、その中に立つ数寄屋造りの3棟の建物は、当時の意匠技術の粋を極めたといってもいいだろう。イメージ的には京都にある寺社や庵の、数倍も素晴らしい建築である。建築に興味のある人はもちろん、一般の人でも驚きと感激があるだろう。いや、たまたま一緒にいた観光客ギャルは、そそくさと回って帰って行ったが。

 大洲を歩くこと3時間。街の歴史を感じながら、谷川洋先生はこの街のどこかを歩いていたのだと思い、感慨に浸りながら松山へ向かった。
 先生は中学2年の1年間だけの担任だったが、私はその教え方や生徒指導の仕方が好きで、卒業後も友人のY君とともにつくば山にご招待して1泊旅行をしたり、横浜で夕食をご一緒したりした。数年前に年賀状の返事がご長男からあり、今は天国から私のことを見守ってくれている。ご冥福をお祈りするのみである。

代表

関根健夫( 昭和30年生 )