2023 年 3 月 6 日
お言葉でございますが その8 ― 大丈夫です
ドーミーインというホテルの朝食バイキングでの出来事である。新型コロナウィルスが影響する時代である、食堂内にはマスク着用、黙食のポスターも貼ってある。それほど高級ではないが、大浴場完備、朝食の質が良く、ビジネス客にも観光客にも人気のあるホテルである。全国にあり、私も時々利用する。
サラダのコーナーにいくつかの種類が並んでいる。レタス、水菜、トマト、きゅうり、にんじん、フルーツ、冷製サラミなどなど、各自が皿に盛り付ける。それぞれにトングが置いてあり、その上にはアクリル製円筒形で手前に引くと閉まるスライドカバーが付いている。私がサラダを取ろうとした時、それらはすべて開いていた。要するに他の客はいちいちカバーを閉めずに、次の食事を順に取りに行ってしまうのだ。
新型コロナウィルスで黙食を勧めるほどの食堂である。必要なものを取ったら衛生のためにそれを閉めるのがマナーだろう、ということで私はレタスを取ったらそのカバーを閉めて次のトマトに行く、またそれを取ったらカバーを閉めて次にということをしながら野菜を盛り付け、最後にドレッシングをかけて自分好みの朝食サラダを完成させた。
すると、直後に若い女性ウェイトレスが来て、先ほどのカバーを開けてレタスを補充した。と同時に先ほど私が閉めたサラダコーナーのカバーを順に開け始めた。私はとっさに「あ、ごめんなさい。そのカバー閉めてはいけなかったですか。」と謝った。すると彼女は「いえ、大丈夫です。」と言った。いわゆる「ドント、マインド」「ユー、アー、ウェルカム」という気持ちで言ったのだと思うが、この瞬間「あなたは余計なことをしましたが、私が元に戻しておきましたので、他のお客さまに迷惑はかかりません。大丈夫です。」と言われたような気がして私の気持ちは複雑であった。
では、ホテルの従業員としてはどういう答えが良かったのだろうか。「お客さま、お心遣いありがとうございます。」と言ってから「他のお客さまのために、この時間は開けております。」くらいの言い方であれば、私も納得できたかもしれない。それでも「せっかくカバーがあるのだから、新型コロナウィルス感染防止のために閉めるべきだろう」とクレームの一つも言ったかもしれないが。結局あのカバーは何だったのか、閉めたほうが良かったのか閉めないほうが良かったのか。
最近「大丈夫」という言葉の濫用が気になる。この言葉は「お怪我は大丈夫ですか。」などのようにマイナスの状況を連想させる。若い人から「○月○日、大丈夫ですか。」などと言われると気分が良くない。○月○日はダメでしょうか、との否定が前提のニュアンスを感じるからだ。ダメなら言うな!この場合「○月○日のご都合はいかがですか。」が正しい。
私もコンビニエンスストアのレジカウンターなどで「袋はいかがなさいますか」などと聞かれたとき「あ、大丈夫です。」などとつい言ってしまうことがある。この場合、袋は必要ないという否定の意味で「要りません」が正しいのだが、袋が必要なのか不要なのかはニュアンスで判断するしかない。「結構です」という言葉とともに、外国人が理解しにくい日本語の典型例だそうだ。
しかし「大丈夫」はそうとも言い切れない言葉でもある。「彼なら大丈夫です。」この用法は希望的確信であり否定が含まれていない。ああ、ややこしい。
何はともあれ、言葉は誤解されないよう正しくつかいましょう。
代表
関根健夫( 昭和30年生 )