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2025 年 12 月 12 日

古稀になりました ― 69歳とは違うな

 10月に古稀になった。70歳だ。
 古稀とは「人生七十古来稀なり」という中国の古い詩の一節が由来だという。当時は70歳まで生きる人は滅多にいなかったから、そこまで生きた人は「古きことこれ稀なり」ということだろう。
 私が大いに未来の夢を感じた大阪万博が開催された1970年は、日本の男性の平均寿命は69歳だったから、単純に言えば男性の半分以上は70歳を待たずに亡くなっていたということだ。今の日本は男性の平均寿命が81歳だから70歳は珍しいことではないわけだ。

 10月、誕生日の直前に献血に行った。献血は18歳で自動車の免許を取得してからほぼ毎年やっていた。自動車を運転する立場では自分もいつ怪我をするかは分からない、献血人口の少なさ、血液の慢性的な不足、最低限のボランティア、と純粋に思って毎年2~3回ずつ続けた。献血ができるのは70歳の誕生日の前日までで、132回目の献血だった。献血後、それまでの献血カードには「次回は○月○日からできるので協力してください」という趣旨の印字があったが今回は空白。そうか、もう協力はできないのか、各地の献血ルームの前を通る度に寂しい気持ちになった。

 平均寿命は0歳児からカウントする余命だ。70歳に到達時点での男性の余命は15.6歳だという。そうか、あと15年か。この数字も今年になって重くなってきた。その前には運転免許証の返納も考えなければならないだろうから、52年間ずっと車が好きで楽しみだった車の運転もあと10年ほどか。

 去年、母が亡くなった。遺骨を40年前に父が亡くなった時に建立した墓に納めた。余命を考えれば、次は私が入ることになるだろう。墓参りに来るのは娘やその子どもの世代だ。はたして墓参りにはどんな気持ちで来てくれるだろうか。そう考えたら今ある墓石に刻まれた文字に疑問を持った。「○○家の墓」は家を基本とした時代のものだ。家以上に家族としてのつながりを感じるものにならないか。いつか私と妻とが納骨されるだろうから、加山雄三氏を人生の目標とする私にとっては「君といつまでも」はどうか、「愛」、「絆」も良いかもしれない。恥を忍んで寺の住職に思いを告げてみた。「それはご自由ですよ」と言われた。

 現代では70歳は珍しくない、とはいえ人生は初めての経験の連続である。だから常に期待と不安の繰り返しだ。そんなことは分かっているし、人生は今が一番若いのだから私自身は変わっていないつもりだ。
 しかしながら、70歳ともなると69歳とは明らかに違う。いろいろと考えることが多いこの頃である。

代表

関根健夫( 昭和30年生 )